2025/03/03〜09
ケニア496日〜502日目
03/03㈪
任地に隊員が来てくれた〜!
配属先を案内したり、同僚に紹介したり、普段一人だとあまり出歩かない任地を一緒に歩いたり。
職場を案内していても、普段自分が気にもしていないことに気づけたり、一人だとできないことができたりするから、ゲストが来るのは楽しい。
隊員同士の話は尽きず、あっという間に過ぎた1日。
03/04㈫
朝から帰っていく隊員を見送り、洗濯など家事を終えてから出勤。医師によるストライキが始まったらしいと聞いて、去年も3月から2カ月ほど続いたストライキのことを思い出す。毎年恒例なのだろうか。
03/05㈬
ゆったりデー。朝同僚と話すと、もう合意が取れたのでストライキは終わったとのこと。なんか拍子抜け。活動後は久しぶりに会う友人と近況を報告し合った。
03/06㈭
CME(Continuous Medical Education)に参加。HIVの予防、治療に関する内容で勉強になったけど、相変わらず医療英語は難しい。
オフィスに戻ると、医療用酸素が不足してて患者の治療が止まってしまうかもしれないとの報告。
酸素を運ぶトレーラーはこちらに向かっていて、15時頃には着くはずだというので、カウンターパートとドキドキしながら待つ。結局車は16時半頃に病院に到着し、大事にはならなかった。良かった。
03/07㈮
物品の適正な使用を周知するため、病棟に貼る掲示物を作成。完成後、QIT(Quality Improvement Team)のWhatsAppグループに投げてみたけど誰からも反応がなくて悲しい。内容がおかしくないか、週明け同僚に直接聞いてみるしかない。
3/8㈯、3/9㈰
ついに雨季が始まったようで、雨が降って気温も下がってきた。断水の恐怖は免れたものの、雨季は停電との戦いである。バッテリーの充電を万全にしておきたい。
2024/03/25~31
ケニア153~159日目
今年の目標は「毎日日記を書く」だったのに、早々に脱落してさぼりにさぼっていたので、「毎週日記を書く」に変更。
性格上細かく書きすぎて1日の日記が長くなる→毎日更新を挫折してしまったので、今後はざっくり記録を心掛けたい。
3/25㈪
朝ご飯はNaivasのロールパンにChocoTellaというNutellaの仲間みたいなチョコスプレッドを塗ったもの+バナナ。

食べ終わったバナナの皮にすぐ小さな虫が集まってきてしまうのが最近のプチストレス。
昼ご飯は中国麺混ぜそば風。最近購入したオイスターソースが良い感じ。


店舗にもよるが、Naivas(全国チェーンのスーパー)にはキッコーマンの醤油やオイスターソースが置いてあることが多い。
夜ご飯はソーセージ・卵・トマト炒めとごはん、味噌汁。
基本的にチキン・ビーフのソーセージが多いケニアで、珍しくポークソーセージを見つけたので挑戦してみたけど、可もなく不可もなくという感じで少し残念。
美味しく消費する方法を模索したい。
食後はkindleで読書したり、新しい本を探したり。なかなか一冊を読み切る集中力が続かなくて、次々と手を出しては一冊を読み切れない日々。。
3/26㈫
朝食:パンとチョコテラ、ヨーグルト、コーヒー
病院では、先日巡回しきれなかった部署を回って3月号のニュースレターを貼り付け(もう3月下旬だけど)。
整形外科を訪ねたら、踵の骨が変形している影響で歩行時に痛みを感じる患者さんのために、靴の中敷き(インソール)を作っていたので見学させてもらった。
患者さんの足の形を紙にとり、厚紙→スポンジ材→合皮と転写していく。それぞれの材料を切って、糊で貼り付け、グラインダーで形を整えて30分程度で完成。
日本なら100均やLOFTなどで手軽に買えるのに・・・
また一つ勉強になった出来事でした。
夕食はオートミール中華粥。
週末からやっと雨季らしくなってきたので、部屋干ししていたTシャツが生乾き。
3/27㈬
朝食:パンとチョコテラ、ヨーグルト、コーヒー
今病院にいるアタッチメント(各学校から来ている実習生)が3月末で実習終わりのため、少しずつ入れ替わりが始まっている様子。病院内で気さくに話しかけてくれる人が多く、よく挨拶や世間話をしていたので少し寂しい。出会いと別れ。諸行無常。
終業後市場へ買い物に。馴染みの屋台で必要な野菜を買い、スーパーで牛乳とパンを購入。
夕食は貴重なカレールーを使ってカレーライスを作った。ケニアのジャガイモはほくほくしていておいしい。
日本にいる友人から教えてもらった雨穴の変な家と、そのパロディ動画を見ながらカレーライスをお腹いっぱい食べた。
3/29㈮
イースターホリデイ初日のGood Friday。馴染みのない祝日だけど由来を知るのはおもしろい。
今日は近所の子の誕生日パーティーへ参加しに行った。
パーティーでは、来賓の挨拶、本人の挨拶、ご飯前のお祈り、ケーキカット、水をかける儀式など、やることがたくさんあってケニアらしさを感じた。
いつもスーパーで見かけるけど買う勇気のでなかったカラフルなお菓子にも挑戦でき、嬉しかった。

アルファベットのお菓子はしょっぱくてカリッとした食感。ピンクと黄色のお菓子は、チョコのしみてない「しみチョコ」みたいな食感。。
3/30㈯
ケニア社会の暗い部分を目の当たりにしてしまい、答えの出ない問いに悲しい気持ちになってしまった。自分の無力さを感じたけど、それでも知れて良かったと思う。
3/31㈰
友人宅訪問。
昼ご飯を作ってくれて、食べながらドラマを見たり(いつもおもしろいドラマを選んでくれる)、YouTubeでインドネシアのトラジャ族の動画を見たりした。
途中停電になり、暗い中で友人の家族の話やお金、結婚の話などいろいろした。
バックグラウンドはまるで違うけど、こうやってお互いの話をして交流できるのはとても素晴らしいしありがたいな。
来週はもう4月!
Diani旅行記①
コースト地方のディアニビーチを旅行した時の記録。
2/23 1日目
早朝にジョモケニヤッタ空港へ向けて出発。
Uberで空港へ向かうと、空港の敷地内に入る手前で車を下ろされ、歩いてセキュリティチェックを受けた。
チェックが終わると再び車に乗り込みターミナルへ。ターミナルに入る時にもセキュリティチェック。チェックインして搭乗エリアに入る時にもセキュリティチェック。
3度の検査を終え、カフェでコーヒーを買って搭乗開始までしばしゆっくり。
この時点で、空港内はここがケニアということを忘れるほど白人ばかりで驚いた。
コーヒーは飛行機に持ち込めないとのことだったので、搭乗前に急いで飲み干した。
便は8:00ナイロビ発 9:15 ウクンダ着のJambojet。
前日夜更かしからの早起きだったので、離陸後すぐに入眠し、景色を楽しむこともなくディアニへ到着。
飛行機を降りると暑い!さっきまでいたナイロビとは全く違う気候で、コースト側に来たことを実感した。
飛行機を降りて建物に入ることなくすぐ外へ。客引きのタクシーがたくさん待っていたので、そのうちの1台に乗って早速ビーチ沿いのカフェへ向かった。
Chill spot
いかにもビーチ沿い!なインテリアにカラフルなカンガと真っ白なビーチ!
ケニアの他の地域とは全く違う景色にテンションが上がりまくる。
ゆっくり朝ご飯を食べながら、人のまばらなビーチの景色を満喫した。

ホテルへチェックイン&荷物を置いた後はランチへ。
Jolly’s Pizza
コースト地方は昔イタリア人の入植地だったらしく、ディアニビーチにもイタリア系住民の経営するイタリアンがたくさんある。
ここではプロシュートの載ったピザと燻製ブッラータのカプレーゼ、エビの料理を注文。燻製されたブッラータチーズは初めて食べる味だったけどおいしかったし、付いてきたガーリックソースとピリピリ(青唐辛子)ソースをエビに付けて食べるのもおいしかった。





食後は道路沿いのお土産屋さんを物色。コースト地方で有名なカンガ布(レソ)をゲットした。
日差しが強くとても暑かったので、外にはいられず、少し歩いた先のカフェで休憩。
Kokkos Cafe And Bistro
アイスラテが体中に染み渡る。
夜ご飯の時間までぼーっとしながら休憩。なんて贅沢な時間~
ショーケースに並べられたおやつがおいしそうだったけど、お腹の空き状況を鑑みて今回はやめておいた。



お腹の容量を空けるために次の目的地までは歩いて向かう。

夜ご飯は、観光客に人気の洞窟レストランへ。
Ali Barbour's Cave Restaurant
お店に入り、階段を降りると洞窟の中へ。上に大きな穴が開いていて解放感はあるものの、岩壁に囲まれて幻想的な雰囲気。


洞窟へ降りるための階段は、東京ディズニーシーにあるインディージョーンズのアトラクション内みたいでテンション上がる。
このレストランは完全予約制で、17時~と20時~の座席を選択可能。(予約はレストランのHPから簡単にできた)
協力隊員にとっては安くない金額のレストランだったけど、超高級というわけでもなく、雰囲気もお料理も良かったので、これからディアニを訪れる人には是非おすすめしたい!!


美味しく楽しい時間はあっという間。
途中カルフールで買い物をしてホテルに戻り、1日目は終了。
2日目へ続く。
ショックだったこと
先日、任地で買い物をした後家に帰ろうとしていたら、突然知らない人から腕を掴まれた。
腕自体をというよりかは、上着の腕のあたりをぎゅっと掴まれた。
道路を渡ろうとしていたら、反対側から少し変わった雰囲気の人がこちらに向かってくるのが見えた。
一目見ただけではとっさに安全かどうか判断できなくて、その人が近づいてくる間に体がフリーズしてしまった。
その間に、ただふざけて絡んで来ようとしている人なのか、外国人相手にお金を要求してくる人なのか、それ以外の何かなのか一生懸命考えていたけど、気づいたらその人の手が私の腕を掴んでいた。
距離が近くなった瞬間、強いアンモニア臭を感じ、短く発されるうめき声が聞こえて、これは危険かもしれないと思った。
アルコールか、薬か、精神的な疾患によるものか、原因は分からなかったけど、言葉が通じなさそうな雰囲気に一気に恐怖を感じて、隣にいた若いボダドライバーに助けを求めたけど、興味なさそうに下を向かれてしまった。
そうこうしていたら掴んでいた腕が離され、その人はまた別の人に向かって歩いて行った。掴まれていた部分は茶色く汚れていた。
解放されて安心したと共に、なんだか恥ずかしくなってきて、近くを歩いていて一部始終を見ていたはずの行商人に話しかけ、びっくりしたよ~と明るく伝えたけど、心配する様子もなく微笑んで去って行ってしまった。
一人になり、歩きながら今起きた出来事を反芻していたら、感じた恐怖よりも、周りにいた人たちが助けてくれなかったことが何よりショックで。歩くたびにずんずん悲しみが襲ってきた。
住み始めて4か月以上経つこの町で、さっきまでお店の人たちと楽しく会話しながら買い物して、勝手に町の一員になれている気がしたけど、それは本当に一部の人たちであって、他の人からすると私は助ける義理なんてないただの外国人なんだ。
冷静に考えると当たり前のことだけれど、突然疎外感を強く感じてしまって、とてもつらい帰り道だった。周りのケニア人の温かさを知っているからこそ、社会から無視されたようにも感じてしまった。自分でもナイーブすぎるとは思うけど。。
もう少し知り合いのお店に近い場所なら、職場の近くなら誰かに助けてもらえたかも。買い物の時間をずらしていれば起きなかったかも。私は何も悪いことをしてないのに後悔がたくさん浮かんできた。
幸いにも、ちょうど下校時間だったのか小さな子供たちがたくさん挨拶してくれて気が少し紛れた。
帰宅してもしばらく悲しみがおさまらなかったけど、日本にいる友人と電話する予定があったおかげで、話したいだけ話してすっきりできた。
今はもう大丈夫だけど、思い出すとまた少し悲しくなる。
この生活にも慣れて、自分の任地は平和だと感じていたところに、「外国人であることを忘れるな」「気を抜くな」という何かしらのメッセージだったのかなと思う。
今回は身の危険はなかったけど、改めて気をつけようと思った出来事でした。
2024/01/22 90日目
出勤したら倉庫前に大きなトラックが停まっていた。どうやら入庫作業があるらしい。普段は近隣の大きな病院から足りないものを救急車に載せられる分だけ持ってくるだけなのでそんなに大変じゃないけど、今日はなんと約450箱を3時間以上かけて倉庫に運び込んだ。
品目ごとに完璧に分けて置くスペースもなく、ここ数週間で結構綺麗にできたはずの倉庫内が段ボールで埋まっていく…そしてボトルから漏れた塩素系漂白剤が黒いズボンについて、まあまあ広範囲が色落ちしてしまった…汚れてもいいズボンだったとはいえ、持ってきた服の数も限られているのでそれなりにショック。
そんなハプニングもありつつ、半日重たい荷物を運び続けたので早々に疲れ果ててしまった1日。
早く家で休みたかったけど、料理用のガスが切れていたので一度帰宅後空の容器を持って再び町へ。初めて行くお店だったけど、店の人や周りにたむろしてる人たちが話しかけてくれて少し気分転換になりました。
2024/01/18 86日目
今日は朝まで雨が降っていて寒い日だった。
今日も今日とて隙間を見つけては補充作業。もうそろそろできることが少なくなってきた。今日のマンダジはほんのり温かくて幸せだった。
午後に、常々色んな部署の人が訪ねてきてペンを使うのですぐ紛失しそうだなと思い、思い立ってペンにマスキングテープを貼って上から部署名を書いてみた。
同僚はそれを見て珍しそうに笑っていたけど、静かに受け入れてくれたみたいだった。
あまり進歩のない日々だけど、それでも少しずつ物品の名前、サイズや用途は覚えてきている気がするし、よく見かける人の顔も分かるようになってきた気がする。
この調子でもっと職場になじんでいきたい。
2024/01/17 85日目
棚にスペースを見つけてはちまちま補充。物によって使用期限ごとに前後を入れ替えてみたり、ひっそりと作業。
ちょうど良いサイズ感の段ボールを見つけたので、5S作業時のお道具箱として使うことにした。今のところテープとハサミくらいしか入れるものないけど、少しずつ道具や材料を集めていきたいと思う。
日中に、聾唖らしき人が職場に入ってきた。紙にお金を寄付してほしいことと、寄付が必要な理由を書いて職場で見せて回り、同僚たちは小銭をあげたり、断ったりしていた。みんな自然に見えたので、こういうことはよくあることなんだと思うけど、同僚に20シルとかでもいいから払ってあげな~と言われても、私にはお金をあげることができなかった。また、同僚から昼食や夕食をおごって、と冗談交じりに言われる時も、快諾しておごってあげることはできていない。同僚同士のやり取りを見ていると、買ったお菓子を分け与えたり、ご飯を買ってあげたりするのは日常の出来事みたいだが、どうしてもその一言がひっかかり、苦笑することしかできないでいる。
自分の中で、人の役に立ちたいと思っているはずだけど、「お金を出す」ということには抵抗がある。私は現地の人から助けてもらわないと生活できないはずなのに、現地の人が求める助けには応えられないのだろうか。寄付と何が違うんだろうか。
これからの生活の中で、いろいろ考えてみたいと思う。